『国際離婚(渉外離婚)事件の国際裁判管轄』

こんにちは。弁護士の後藤壮一です。

〇国際離婚の増加
近時は,国際化に伴って外国人の方と結婚する,いわゆる国際結婚も増えてきています。しかしながら,国際結婚が増えるということは国際離婚(渉外離婚)も増えるということになります。「外国人と離婚したいけど相手が離婚に応じてくれない」「離婚は決まっているけど子供の親権に争いがある」「養育費の金額について協議がまとまらない」そんなときに,日本の裁判所を利用することができるでしょうか。

〇国際裁判管轄とは
国際裁判管轄とは,「その具体的事件について,どの国の裁判所が審理できるのか」という考え方です。裁判所は,その具体的事件を適切に解決するための公的機関であり,かなりの数の事件について利用されます。そのため,「A裁判所が甲事件を適切に解決できないのなら,甲事件のためにA裁判所を利用させるべきではない。甲事件では適切なB裁判所で審理させて,A裁判所では適切な乙事件に注力するのがよい。」と考えられたのですね。例えば,タイ人男性Aさんとイギリス人女性Bさん夫婦が離婚することになりましたが,結婚当初から別居時までフランスで住んでいたとします。タイ人男性Aさんが,たまたま2泊3日の旅行で来た日本の家庭裁判所で離婚調停を申立できるでしょうか。答えは「できない」です。裁判所に申立てを行った場合,今後,AさんもBさんもわざわざ日本に来なければなりません。それも2度3度と来ないといけないかもしれません。それでは申し立てを行ったAさんはともかく,Bさんにとっては費用面でも時間面でもかなりの負担になります。また,離婚についての証拠が日本には全くといっていいほどないでしょう。そうすると,日本の裁判所では原則として国際裁判管轄がないとして,Aさんの申立を却下することになるでしょう。

 

〇日本における離婚事件の国際裁判管轄は法律で決まっていない
日本における国際裁判管轄は,日本の法律で決めます。
民事訴訟法第3条の2~第3条の12までが,日本における国際裁判管轄を定めた規定です。しかしながら,これらの規定はいわゆる財産法(貸金返還請求事件や交通事故の損害賠償請求事件等です)についてのみ規定されたものなのです。離婚の訴え等については,人事訴訟法第29条1項によりこれらの規定は適用されないとされています。
では,離婚事件についての国際裁判管轄はどの法律で決められているのでしょうか。正解は,現状法律では決まっていない,です。裁判所は,現状では,法律ではなく,「条理」というものを基準に国際裁判管轄を考えています。条理とは,「法律が存在しない場合に基準とすべき物事の筋道」といわれており,いわば社会の法秩序においてその根底に流れている、法的価値判断のことをいいます。いわば,何が社会的正義にかなうかといった判断ですね。

〇離婚事件における条理・判例
離婚事件においては,「当事者の公平」が条理における重要な観点とされ,裁判官は,基本的には当事者の公平という観点から離婚における国際裁判管轄を定めています。
この点について,重要な二つの判例があります。
最高裁昭和39年3月25日民事判例集18巻3号486頁
「離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたっても、被告の住所がわが国にあることを原則とすべきことは、訴訟手続上の正義の要求にも合致し、また、いわゆる跛行婚の発生を避けることにもなり、相当に理由のあることではある。しかし、他面、原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合においても、いたずらにこの原則に膠着し、被告の住所がわが国になければ、原告の住所がわが国に存していても、なお、わが国に離婚の国際的裁判管轄権が認められないとすることは、わが国に住所を有する外国人で、わが国の法律によっても離婚の請求権を有すべき者の身分関係に十分な保護を与えないこととなり(法例一六条但書参照)、国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果を招来する」
【http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/103/053103_hanrei.pdf】
最高裁平成8年6月24日、民集第50巻第7号1451頁
「離婚請求訴訟においても、被告の住所は国際裁判管轄の有無を決定するに当たって考慮すべき重要な要素であり、被告が我が国に住所を有する場合に我が国の管轄が認められることは、当然というべきである。しかし、被告が我が国に住所を有しない場合であっても、原告の住所その他の要素から離婚請求と我が国との関連性が認められ、我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは、否定し得ないところであり、どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては、・・・当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、管轄の有無の判断に当たっては、応訴を余儀なくされることによる被告の不利益に配慮すべきことはもちろんであるが、他方、原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮し、離婚を求める原告の権利の保護に欠けることのないよう留意しなければならない。」
【http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/065/057065_hanrei.pdf】
これらの判例をみると
①被告(応訴を余儀なくされる者)の住所地が国際裁判管轄の原則であるとしつつ,②原告が被告の住所地国に離婚請求訴訟を提起することにつき法律上又は事実上の障害があるかどうか及びその程度をも考慮して,例外的に原告の住所地も国際裁判管轄として認められる場合がある。
というのが,現状,離婚事件における国際裁判管轄の考え方のようです。

〇まとめ
以上からすると,国際離婚(渉外離婚)事件について,日本での国際裁判管轄が認められるのは,
①被告(相手方)が日本に住所を有するとき
または,
②自分が日本に住所を有しており,かつ,遺棄された・相手の住所が不明・これらに準じる事情がある・(法律や戦争等が理由で)相手方が住んでいる国では裁判できないといった事情があるため,相手方の住所地でしか裁判管轄を認めないのは不公平であるとき
であるといえます。
もっとも,離婚事件等についての国際裁判管轄の規定がないのはおかしい,としてこれを法律で明確に決めようとする動きもあります。これが規定されれば,どんなときに日本の裁判所を利用できるか,かなりわかりやすくなるでしょう。
なお,離婚事件に付随する問題である,親権や養育費についての国際裁判管轄は,後日記載します。

弁護士 後藤 壮一

2018年02月20日